「おとうさんっ! わたし! おとうさん!」
平日昼間のドラッグストアは客の入りもまばらで、店員も客もどことなくのんびりと、品出ししたり、品定めしたりしている。そんな店内に、思いのほか大きい女性の声が響きわたったので、店員も客も一斉にハッとして、声の主に目線を送った。
高齢の夫婦が、店内を高速で移動している。
おとうさんが前、おかあさんが後ろ。
追いかけっこの様相で、棚の間を小走りに駆けてゆく。
表現するなら、パックマン状態だ。
おとうさんはDANLOPのキャップを被り、ジャンパーにスラックスという、全国共通のニッポンのおじさん的スタイルで、ブツブツ何かをつぶやきながら、ズンズンと進んでいく。一方のおかあさんは、柄物のスカーフを首に巻き、柄物の上着と柄物のモンペ風ズボンを履いているようだ。「ようだ」というは、おかあさんの移動速度が速すぎて、また時おりサイドステップ風の体のひねりや上下動も混じるため、目視では落ち着いて確認できないからで、とにかくおとうさんを追いかけながら、云ってみれば、ちょっともう、叫んでしまっている。
「おとうさんっ! わたし! おしっこ! おとうさん! おしっこば、わたし!」
買うべき物がなかなか見つからず、闇雲に進むおとうさんを、緊急的に催したおかあさんが追いかける図だ。きっとそうだ。
そこにはすっかり失われたと思われて久しい「お茶の間」が、外の世界にそのまま『だだもれ』している。だだもれも甚だしい。
夫婦にとっての「日常」が、「家庭」が、「お茶の間」が、家の外までシームレスにつながっている。終わりなきパックマン。二人には怖いものなどない。そこにあるのは、無限に拡張する「生活」だけだ。
「おとうさんっ! おとうさん! おしっこ!」
最終的にはもはや「おとうさん=おしっこ」という叫びになってしまっている。
世界は荒野だ。