なんっでワタシが……このワタシがっ!! 面倒みなきゃなんないのよ、冗談じゃない!! 何十年も毎日毎日ごはん作ってね、それも支度が遅いだの、味が薄いだの云われてさ。それでも何十年もごはん支度してきたんだよ、ワタシが! そっれがなんでっ……なんでワタシが旦那の家族の面倒までみなきゃなんない? 旦那ならまだしも他人だよ。冗談じゃない。毎日ただ座って待ってるだけでさ。そしたら自分らで作って食べればいいじゃないの。なんでそれができない? ワタシはね、自分で両親の墓も建てた。働いて金を作って。それがなんで旦那の親の世話までしなきゃなんない? 冗談じゃない、絶対にやらない。なんっでワタシが……このワタシがっ!!
店中に響きわたる大音声。ババアが独りでビールを飲んでいる。背筋をぐんにゃりひねって、グラス片手にカウンターにだらしなく寄りかかり、ほかの客が来ようが帰ろうがまったく意に介さず、義理の家族への不満を全力で嘆いている。
ババアは「家族」の呪縛に頭の天辺までどっぷりとつかっている。溺れてきっている。全人格と全人生が分かちがたく「家族」と混じり合い、べっとりと癒着し、切り離すのはもはや不可能だ。ババアは自らが吐く呪詛のループでさらに激昂の度を増していく。酔いも手伝って止めようもなくヒートアップしていく。その麻薬的な快楽に陶然と浸り、憤りを、怒りを吐き出し、際限なく昇りつめていく。
少なくとも声は十分出ているし、酒もグイグイ進んでいるようだし、この上なく元気で、全体的に結構なことだ。何よりも、三時間以上にわたって脇目もふらずに嘆きに没入できる集中力、云い換えればそのエクスタシーはさぞやと思う。ただし云うまでもなく、他人の絶頂を長時間見せられつづけるのは想像以上に不快だ。
わかったからババア、うるせえよ。
と云いたいのはヤマヤマだが、グッと堪えて勘定を済ませ、黙って出ていく。
酒場はいつだって危険に満ちているのだ。