~前回までのあらすじ~
20年あまり炭素凍結されていた謎のプラボックスを発見。独りで20年前のタイムカプセルを開封したかたちになってしまい、中身を見て「男って何も考えてねえな」と唖然とするところまで。
今回は前回からの流れで「男の結婚」をテーマに語っていきたいが、まずはいきなり文献を引用する。心して読まれよ。
■マンハント
会社を出たところで、江分利は手帳を拾った。東西電機の会社の手帳だから、だまってポケットにおさめた。
電車に乗ってからMEMO欄を見ると、柴田ルミ子の手帳だった。柴田ルミ子は25歳、高校卒だから入社しておよそ7年になる。
(中略)
東西電機では毎年5月に、講習を終った新入女子社員が配属される。東京本社は約15名。ズラッと並んで各課に挨拶に廻るのはちょっとした眺めである。独身社員にとっては、実質上の見合いといえぬこともない。これが、固さがとれ、急に女らしくなり、眼が輝きだすと、誰それとの婚約発表ということになる。そう思うと、江分利だってジンとくる。ウマクヤレヨと声をかけたくなる。
江分利は電車のなかで柴田ルミ子の手帳をパラパラッとめくってみた。柴田さんならいいや、という気持がどこかにあった。
スペアの白頁の最後の所で、江分利は思わず声をあげた。男の名前がキッチリこまかくならんでいた。全部東西電機の独身社員であった。大阪支店、横浜支店の男の名もあった。最近結婚した鹿野宗孝の名は斜線で消してある。名前だけではない。年齢・出身校・資産・係累・特技・趣味が書きこんであり、総合点らしいものが○や△で表してあった。「これは1人だけの知恵じゃない」と江分利は思った。なにか情報網があるにちがいない。女子社員の誰かが1人の男と親密にする、そして調べあげた結果を昼休みの喫茶店などで報告してお互いに情報の交換をするのではあるまいか? そうでなくてはこんなに精しく知っているはずがない。江分利は恐ろしいような気がした。女子社員にとって、結婚は第2の就職であり、人生を決定する大事だから慎重になるのは当り前の話なのだが……。
マンハントとかボーイハントとかいう言葉が、新しいことのようにいわれるのを江分利は不思議に思う。これは昔からあったごく自然の現象なのではないか? 男がひっかけたとか、モノにしたとかいうのは逆であって、男はいつもひっかけられているのではなかろうか? アベル・エルマンの「最初に踏みきるのは常に女性である。そして、そうでなくてはならない。なぜなら彼女たちから口を切ってくれないかぎり、彼女たちに対するわれわれの食欲を、彼女たちが最上の讃辞ととるか、それとも最大の侮辱と考えるか、われわれには見当がつかないからである(河盛好蔵訳)」という箴言を江分利は正しいと思う。
(中略)