●グループトーク「次世代育成について」&質疑応答
千松 猟犬にも成功体験が必要という話で、次の世代に伝えていく際に、その犬をちゃんと認めてほめるということがあると思います。子どもも同じでずっと覚えてるんです。子どもと一緒に川で巻き網でアユを獲る時、エラまで絡んだりすると結構外しにくかったりするんですけども、それをうちの長男がすごくきれいに外せて。それがすごい自信になって、俺が苦戦してたら「父ちゃんやったろか」みたいに言ってくるぐらい。そういうのができたっていう思い出、むちゃくちゃ残ってて。それは絶対大きくなってから生きてくるし、その子の育っていく可能性も左右するぐらいのことなんじゃないか。次の世代に伝えるっていうのは、厳しく言うところは厳しくやらないと、雑な猟師になられると困るんですけど、そういういい面、その「猟欲」を感じさせたことをちゃんと認められたら、絶対すごい伸びるなっていうのを思いましたね。
藤原 執着とか執念とか、いやらしく聞こえるかもしれないですけれど、やっぱりすげえ大事だと思う。で、今回久保さんと出会って、たくさんの人からいっぱい会話を求めらるでしょうし、なかなかそんなに話しかけるということをせずに、なんとなく遠目で見ていたんだけど、久保さんはおそらく、体の中に炎が巻き起こる。悔しいとか達成感とか、執着とか執念が強い人じゃないかなって気がしたんです。間違ってたらごめんなさい。成功した時の達成感と失敗した時の悔しさ、これは猟だけじゃなくて、農業でもそう。成功した喜び、作物がうまくいかない時の悔しさがすげえある。田んぼの収穫にはほんとに苦労しているんだけど、その作業中に発揮する集中力と置かれた現状に腹が立つ。むかつく。「なんでやねん」みたいなね。その「なんでやねん」が次のエネルギーになってる。
「猟師が絶滅危惧種」という話はね、猟師がいないっていうこと以上に、そういうほとばしるような執着や執念を燃やす、要はオスの本能やね、それを持ってる男が本当に最近少ないように思う。そういう仲間と一緒に暮らしていきたい、やっていきたいと思って、今いるスタッフたちと事業をやってるんで。まあでもそういう男を寄せてくるにはどうしたらいいか、日々思いながら暮らしてる。そういう執着、執念がお肉を大事にするということにもつながります。自分が獲ったものを何としてもおいしく食べたい。無駄なく使いたい。俺が猟師を始めた頃はシカがあふれんばかりで、猟友会の親父たちも持て余してしまってて。言っちゃっていいのかな、悪口言います、報奨金嫌いです。有害駆除の報奨金、なくなればいいのにと俺は思う。あれのせいで猟が猟じゃなくなる。
久保 ある面でそうですね。あれはお国から出したらダメなんです。自分の獲ったものに対する価値、それを金で解決しようというその根性、発想からダメだもん。もっと金で変えられぬような、我々ハンターが自信と誇りを持てるような、キチッとした行政なり、物の考え方がないとダメです。この歳になって、どうでもいいかなあとも思うんだけども、やっぱりその辺だけは残していかなきゃ、後に続く若い人が可哀想だと思いますしね。
また話がどんどん変わって、勝手なことを言うようですけども、「猟欲」ばかりがバーっと表にあるんじゃなくてね、その「猟欲」をいかに自分自身の精神で沈められるかなんですよ、山に入ったら。それが殺気となって現れるようじゃダメなんですね。今の方がクマには近づきやすいんですよ、シカが周りにいるから。音は気にしなくなってきてるしね。環境的にも今はものすごく変わっている。そういうことを敏感につかめないとダメですね。
なぜ「猟欲」だけではダメかっていうと、だいたい金持ちの旅館に泊まってやっている鉄砲撃ちがよく暴発事故を起こしたりするのは、「猟欲」だけを考えたら、ものすごい持ってる人たちなんですよ。去年も地元の旅館でそういうことがあったみたいですけども、なぜそういうことになるのか、よくわからないですね。だいたい失敗するハンターは、ひとかどの、一般社会では大した人物なんです。金持ちであり、役付きでもあり。そういう人が鉄砲持って山に入ったらキチガイになるんですよ。その抑え方を知らないんですね。街場とは違うところに入った時の自分の身の納め方。それができてないですね。
また話が飛びますけども、北海道の開拓当時から各地であるクマ騒動なり、クマ被害っていうのは、ほかの分野の毛皮獲りなんかで稼いでた猟師がバッと集まるんだけど、そういういろんな人が集まった時、「猟欲」だけが多い人が「俺が俺が」って下手にしゃしゃり出ると、絶対に失敗するんですよ。だいたいそうですね、問題起こすのは。「なに俺に任せとけ」なんてのがダメなんだって言っても意味がわかんない人が多いですね。今の時代になると、クマを追える人がいないわけですよ。鉄砲はいい物を持ってるのに「いや二次被害出したら」なんて、鉄砲撃ちの方からそういう声を出したらダメなんですよ。わかった上で入っていくってだけの自信と技術を持ってるということ。物の考え方がその程度のハンターにはならないでくださいっていうことなんです。
全然違うことを言うけど、あの時の林業の人も悪いんですよ。冬になったらクマは冬眠するもんだって一般論でしか行動しないから。あの時の雨の降り方を見て、特に子どもを産もうと思っているクマは穴掘るのを躊躇するわけです。躊躇しているうちに雪がドバッときて、さあ困ったとクマだって思うはずでしょ。実際に子どもを育てる穴に行かない所で穴を掘ってしまった。植林地帯ですよね。それまで食えるものがあったらからそういうことをするわけです。そのつながりを林業という鉄砲やらない人たちも考えなきゃならないし、雨の降り方や条件を見て、穴を掘る時期がちょっと雪の少ないところでは遅れますよとか、そういう発信のできるハンターなり、行政なりがないってことなんですよね。
だからそういうところまで気が回るような物の考え方をハンティングを通してやっていかなきゃ。野生動物と人間とは違うんだっていう立場から物を作ったりすると、だんだん誤差が出てくる。今年は山の実りが悪いからなんて、簡単に言うでしょ。一般人がうなずける言葉しか言ってない。なかなか山に入ってみれば、そうじゃないんですよ。
千松 僕はわななんでクマは獲らないんですけれども、本州の方でもクマがちょっとずつ増えているという話があって。たとえば兵庫県は20年ぶりにクマ猟が解禁されて、200頭に限り獲っていい、1人1頭までと募集しているんですけど、ぜんぜん猟師の応募が少なくて。猟師にインタビューしていたら、そんなもん、20年もやってなくて、クマ猟の伝統なんて何もなくなっちゃってるし、やり方がわからない、年配の人たちも。20年前は獲ってたけれども、今さら歳も取ったし、犬もやられるから嫌だとか。僕の裏山でも前はそこまでいなかったのに、最近はクマの気配がないことはないぐらい。そういういったんクマ猟の伝統が途絶えてしまったような地域で、そのクマとどう向き合っていくのか。久保さんみたいに単身で山に入って、しっかりと自分の力でクマを獲るっていうのをやれる人間がそれなりにいればいいんですけども、なかなかいないと思ったんで。
久保 わなで獲ればいいんですよ(笑)。でも、そのクマが増えてるという考え方がどこから出てくるか。奥の方に食い物がなくなったのに、どうやって増えたの? って言うことでしょ。人の見える所に目撃チャンスが多くなったというだけのことで、増えた増えたっていっている行政が多いんですよ。実際に山に入らないでね。その辺のハンターとしての捉え方ですね。私の住んでいる所だったら、知床半島の峰から人間の住む方向にあんまりいないから、山ばっかり入ってたんですけど、今、上に入ったら、すっぽり空いてるんですよ。下の方ではいわゆる草地もあるし、シカも多いから、クマもこっちに来てる。それで、増えた増えたっていわれても困るんですよ。その辺の数の出し方っていうのも、科学者は非科学的なことで出してるんじゃないかと。それで鉄砲撃ちの言うことは、いわゆる迷信だの何だのと片付けるし。そういうことが多いんですよ、ほんとに。
(現場に行かない研究者は多いですからね)
久保 研究で止まっててくれていればいいんです。行政の方にも顔が効くようになるでしょ。勝手なことを言うんですよ。北海道にクマが増えたから春山駆除できる若い人増やすって、教える方だってそんな技術ないのに、何すんのよって。増えてもいないところで、バカこけって。その辺の意味は本当にわからないですね。
藤原 久保さんの今のメッセージを、これから頑張っていこうとしている人たちに伝わってほしいなと思う。ほんまもんの猟師になってもらってね、ほんまもんの猟師が全国に散らばって活躍してくれることが大事なんで。久保さんですら変えられない、いろいろな業界の問題、今のありようをね。猟だけじゃない、猟以外のことも含めて。