~~ 2、3年経った女子社員はすでに狙いをつけているのではないか? 男は甘いから、狙ったらまずオチルのである。
社内結婚をした矢島に、江分利はそのことをきいてみた。転勤者の送別会の帰りが雨になって、2人でタクシーをフンパツした、その車の中である。
「そうかなあ、そういわれると、そうかも知れないけど……俺の場合は、社内結婚ってってもちょっと変ってるんだ。女房は庶務にいたろう、俺、知らなかったんだけど、彼女と俺とは遠縁になっていたんだ。遠縁たって血のつながりもなにもない、ずっとの遠縁なんだけどね。彼女のおっかさんが家へやってきて、その話をしてね、帰りがけに、どうぞよろしくってんだよ。よろしくっていわれたって困っちゃうじゃねえかよネエ……そのうち見合いみたいなことをしたんだよ。変な話だろう、同じ社内の人間が見合いしたんだぜ。俺はそのとき別にどうってことはなかったんだ。もっと派手な女の子もいたし、俺と仲のいい子もいたんだ。それから半年ぐらい経ったかなあ。女房とは口もきかなかったよ。ほんとだぜ。俺は、歌舞伎の切符を貰ったんだけど、どうもコイツは苦手でね。女房の奴が、見合いしたとき、歌舞伎が好きだって言ったことをフッと思いだしたんだよ。そいで庶務課へ行ってね、ハイ、これ、やるよ、っていったんだ。すると、その時だ、女房の奴は、有難うともいわずに『あら、1枚?』っていやがったんだ。その時の目つきの色っぽいというか、凄いっていうか、とにかく凄かったんだ、あのおとなしい女がだぜ。俺はね、俺は『待てよ』と思ったネ。『待てよ、これは……』と思ったんだ。ゾクゾクっときたんだ。嬉しいとか何とかじゃない。いわば動物的に身の危険を感じたような、そんなショックだったね。こいつは大変なことになるらしい、大変だ大変だと思ったネ。あとは、まあずるずるべったりさ、歌舞伎へも切符買って行ったよ、席は離れていたけどね。へんなもんだね、歌舞伎の帰りなんて、女房気取りでね、だまって若松なんか入ってさ、自分はアンミツで俺には雑煮なんかサッサと注文してね、驚くじゃねえか女って奴は。有無をいわせねえ所があるんだな、女には。しかしだ、君のいうように女房が『あら、1枚? (矢島は女の声を出した)』っていったときは、あいつとしては一世一代の演技だったのかもしれないね。賭だったんだね。そいつに俺はひっかかったんだよ」
(中略)