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私の眼にその時浮かんで来たのは、酔っ払った川田が酒席で時々演じるあのチンチン踊りであった。川田が晒け出したあの巨根、あんなでっかい代物で妻が長時間、田楽刺しにされ、こねくり廻され、ヒイヒイと喜悦の声をはり上げたのかと思うと錐で胸を抉られるような嫉妬がこみ上げてくるのである。
その嫉妬がマゾヒスティックな快感につながって、妻に対し、これまでどういう手管を発揮したのか、私はしつこく川田に得意の猥談を所望した。
「どうも、奥さんの事はそんな風に語りたくないのですが」
と川田は照れ笑いして逃げ腰になったが、私は叱りつけて川田に語らせた。川田の手管に煽られてのたうつ妻の狂態を川田の口から聞き出すという事が、自分を裏切った妻に対する報復手段のように思われたのだ。
●『不貞の季節』団鬼六 より
川田に命令してテープレコーダーに妻との情事の様子を録音させた鬼六は、夜な夜なその録音テープを聞きふけり、憤激の情にかられる。と同時に情欲がにわかにこみ上げて来て自慰行為に励む事も。結局、鬼六と妻は三ヶ月後に離婚する。別れの日、鬼六の事務所に挨拶に訪れた妻は開き直ったように川田との情事の内容を語り、鬼六をさらに打ちのめしていく。
「あの変態野郎はお前のケツの穴を狙っているぞ。お前だって満更じゃないだろう。今夜あたり一つ受けてやっちゃどうだ」
自棄になって私ががなり立てると、妻は窓の外に眼を向けながら、そうね、と嘲笑的にいった。
「そこは充分、セックスに使用出来ると川田さんに口説かれていたわ。どうしても川田さんにそこを使いたいという欲望があるのなら我慢して受けてあげてもいいと思うのよ。離婚もした事だし、今の私には不安や抵抗は何もないんですからね。どんな感覚を教えられるのか、今夜、思い切って試してみようかしら」
そんな言葉を捨て科白にしたように妻はドアを開けて出て行った。
●『不貞の季節』団鬼六 より
この小説の巧妙なところは、実際の鬼六も長年連れ添った奥さんと離婚していて(奥さんが46歳の時に離婚。19歳と15歳の子どもがいた)、またエロダクションや前後の成り行きがほとんど事実と重なるため、完全な「実話」だと信じてしまいそうになるところ。大崎さんがノンフィクションの中で解き明かしている通り、妻の浮気が発覚して離婚したところまではほぼ事実なものの、情事の描写や川田五郎の存在などは鬼六流の創作なのである。虚実を取り混ぜておもしろくしちゃってるんだよなあ。
奥さんに二千万円の慰謝料を渡した現実の鬼六は翌年、愛人だった女性と再婚。総工費5億円という鬼六御殿を建てて、後にバブル崩壊で破綻したりともうメチャクチャなんである。ちなみに金銭的に追い詰められた鬼六を救ったのが『真剣師 小池重明』の印税だったとか。『不貞の季節』が書かれたのは、離婚から12年後の1995年。元奥さんは怒り、傷ついた。そりゃそうでしょう、威力強すぎだもの。この小説は女房への復讐だと鬼六は云っていたそうだが、大崎さんの見立ては違う。
しかし鬼六もこの世を去ってしまった今、この小説に相対するとき、私はエロの中に鬼六が求め、追いかけ続けていたものの正体がまるで大きな闇の中にほんのりと輝く蛍の光のように見え隠れするような気がしてならないのだ。
それは夫婦という愛である。
そして夫婦の愛の脆さである。
それは人間関係そのものであり、同時にその脆弱さである。
●『赦す人 -団鬼六伝-』大崎善生 より